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くらしの未来を創る

【SERIES|三重企業探訪】株式会社おにぎりの桃太郎(前編)

世代を超えて愛される理由――上田社長が語る、おにぎりの桃太郎の原点

私たちサンクスホームは、家づくりを通して、お客様の未来の暮らしに寄り添っています。

今回お話を伺ったのは、四日市市を中心に長年地域に親しまれ、「おにぎりの桃太郎」を展開する株式会社おにぎりの桃太郎、代表取締役の上田社長です。

地域に愛される店づくりの原点、お客様との距離の近さを大切にする考え方、そして次の時代を見据えた組織づくりについて、上田社長ご本人にお話をお伺い、その想いを前後編でお届けします。

四日市を中心に、地域の暮らしの中で親しまれてきた「おにぎりの桃太郎」。

 

創業は1976年。現在は直営店での販売を中心に、イベントや行事などの予約注文、企業への卸売りなど、さまざまな場面で人々の食を支えている。

地元ではおなじみの存在でありながら、その知名度は三重県内にとどまらない。

 

 

これまでにも「ケンミンSHOW」や「マツコの知らない世界」など数々のテレビ番組で取り上げられ、四日市の暮らしに根づいたおにぎり店として、県内外から注目を集めてきた。

店頭には、日々さまざまなお客様が訪れる。

 

 

小腹を満たすために買う人、イベントや行事に合わせて予約する人、企業の昼食として利用する人。

 

 

特別な日のごちそうというより、毎日の暮らしのすぐそばにある食べものとして、桃太郎のおにぎりは多くの人に選ばれている。

 

 

上田耕平社長の話を聞いていると、桃太郎が地域に根づき、テレビでもたびたび紹介されるほど支持されてきた背景には、味だけではない魅力があることがわかる。

 

お客様との距離の近さ、現場で働く人たちの人柄、そしてより良い会社に変えていこうとする姿勢。その一つひとつが、長く愛される店の土台になっている。

 

 

「おにぎりの桃太郎の経営者は上田耕平なんだよ、と地域の人が知ってくれている。よくも悪くも、直接言ってくれるんです」

 

 

いい声も、厳しい声も、社長のもとまで届く。テレビで紹介される人気店でありながら、地域のお客様との距離は変わらない。その近さを、上田社長は桃太郎らしさとして大切にしている。

 

 

桃太郎が創業した当時、今のようにコンビニが身近にある時代ではなかった。おにぎり専門の店も珍しく、誰もが気軽におにぎりを買える環境はまだ整っていなかったという。

 

 

「おにぎりなんて誰でも作れるものを売っても、売れるわけがない」

そんな声もあった。けれど一方で、背中を押してくれる声もあった。

 

 

「作るのは私たちじゃないか。絶対におにぎりがあったら売れる」

 

 

家庭で食を支えてきた女性たちの実感が、桃太郎の始まりを後押しした。

 

そこから約半世紀。桃太郎は四日市の暮らしの中に少しずつ入り込み、地域の人にとって「あって当たり前」の存在になっていった。

 

 

おにぎりは、派手な食べものではない。けれど、誰にとっても身近で、必要な時にそばにあるとうれしい食べものだ。桃太郎はその日常の安心感を、長い時間をかけて地域に届け続けてきた。

 

 

桃太郎が地域に愛されてきた理由の一つに、お客様との距離の近さがある。

 

 

「この商品よかったよ」
「これは桃太郎にはいらん」
「勝手に商品を変えんといて」

 

 

店頭で交わされるそんな声は、スタッフのところで止まらない。月間報告書などを通じて、社長のもとまで届く仕組みがある。

 

 

お客様の声は、店や商品がどう受け止められているかを知る大切な手がかりでもある。良い声だけを受け取るのではなく、厳しい声もきちんと受け止める。その姿勢が、桃太郎と地域の関係をつくってきた。

 

 

接客についても、細かなマニュアルで固めすぎてはいない。衛生面のルールはきちんと守る。そのうえで、お客様との関わり方はスタッフ一人ひとりの人柄に任せている。

 

 

「家の近くにも桃太郎の店があるけど、少し遠い店のスタッフの方が好きだから、そっちへ買いに行く。そう言ってもらえるのは、うちの強みかなと思います。」

 

 

商品だけでなく、人が店の魅力になっている。あの人がいるから行きたい。あの店の雰囲気が好きだから寄りたい。そう思ってもらえることは、地域で店を続けるうえで何より大きな財産だ。

 

 

上田社長の言葉には、飾らない強さがある。

 

 

「僕はこうしたい、ああしたい。でも僕にはその能力がないから、その能力がある人間を引っ張ってくる。」

 

 

自分がすべてをできる人間だとは思っていない。だからこそ、得意な人の力を借りる。詳しい人を巻き込む。自分は方向を示し、必要な人に任せる。

それは、組織づくりにもつながっている。

 

 

桃太郎では今、ピラミッド型の組織から、よりフラットで風通しのいい組織へ変わろうとしている。

 

誰が偉いかではなく、お客様に喜んでもらうためにどうするか。スタッフが働きやすい環境にするために何が必要か。それをみんなで考えられる会社を目指している。

 

 

「桃太郎から出ていく商品は、僕が作ろうが、昨日入ってきたパートさんが作ろうが、全部桃太郎の商品なんです」

 

 

だからこそ、誰がつくっても同じクオリティになる仕組みがいる。

 

一部の人の感覚や経験だけに頼るのではなく、誰が関わっても桃太郎らしい商品を届けられる現場にする。その必要性を、上田社長は強く感じていた。

 

 

かつての現場には、職人の感覚に頼る部分も大きかった。

その人にしかできない仕事がある。その人が辞めると、誰も同じようにはできない。

 

新人が入っても育ちにくく、せっかく良い人材が入っても続かないことがあった。

 

 

「これはやばいなと思ったんです」

 

 

そこから上田社長が進めたのは、改善ではなく改革だった。

 

右から流れていたものをせき止めて、左から流す。本人がそう表現するほど、大きな力が必要な取り組みだった。

 

もちろん、すぐにうまくいったわけではない。反発もあり、現場にハレーションも起きた。

 

それでも上田社長は自ら工場に入り、現場と向き合いながら改革を進めていった。短期的な波風を避けるよりも、長く続く会社にすることの方が大切だったからだ。

 

 

「誰が来ても、同じクオリティの商品を作れる製造部にします」

 

 

この言葉には、会社を次の時代へつなぐための覚悟がある。

 

桃太郎という名前で商品を出す以上、働く人が変わっても、時代が変わっても、お客様に届ける品質は守り続けなければならない。そのための改革は、いまも途中にある。

 

 

上田社長が仕事をするうえで大切にしていることは、とても明快だ。

 

 

「間違いない商品を出して、お客様に喜んでいただく」

 

 

これは、絶対にぶれてはいけない軸。そして同じくらい大切にしているのが、働くスタッフのことだ。

 

食品製造業は、決して楽な仕事ではない。夜中に出勤することもあり、暑さや寒さもあり、体力もいる。

 

だからこそ、もっと働きやすい環境にしたいと上田社長は考えている。

 

周りから「大変なところで働いているね」と言われる会社ではなく、「ええところで働けとるね」と言われる会社にしたい。

 

それは、社長一人の意識だけで実現できるものではない。スタッフ全員が同じ方向を向き、お客様のために、そして自分たちが働きやすい環境のために考えられる会社であることが必要だ。

 

 

上田社長の歩みには、「面白い」「楽しい」と感じる方へ体が動いてきたような勢いがある。

 

 

子どもの頃は、じっと授業を聞いていることが苦手だったという。教室の中で座っているよりも、外で体を動かす方が性に合っていた。

 

授業よりも、バスケットやサッカーをしている方が楽しい。何よりも「楽しい」と思える方へ、自然と体が動く子どもだった。

 

 

中学ではテニスに打ち込んだ。プロを目指そうかと思うほど熱中した時期もあったが、その後、体格の良さもあって声をかけられたのがラグビーだった。

 

高校では花園に2回出場し、大学でも京都産業大学でラグビーを続ける。日本一練習が厳しいとも言われる環境の中で、7年間ラグビーに打ち込んだ。

社会人でラグビーを続ける道もあったが、上田社長は「もう7年間やったんで、やりきりました」と、次のステージへ進む。

 

 

選んだのは、板前の道。きっかけは父の言葉だった。

 

 

「うちはおにぎり屋なので、和食の知識をつけておくと、いつか商品開発に生きるんじゃないか」そう言われ、京都・嵐山で料理人としての修業を始めた。

 

 

その後、東京へ。昼は板前、夜はバーテンダーとして働き、睡眠時間は毎日2時間ほど。それでも続けられたのは、東京で出会う人や、知らなかった世界に触れることが楽しかったからだという。

 

 

「大変でも、楽しかったから続いたのかな」

 

板前としての知識だけでなく、東京で出会った人とのつながりも、今の上田社長にとって大きな財産になっている。

 

新しいことに挑戦する時、助けてくれる人、教えてくれる人がいる。その経験が、今の人を巻き込む経営にもつながっている。

 

 

面白いと思ったことに飛び込み、人と出会い、そこからまた次の道をひらいていく。
桃太郎という会社の自由さや勢いには、上田社長自身が歩んできた時間が、確かに息づいている。

 

 

だからこそ、上田社長がつくろうとしている会社もまた、一人の力だけで進む場所ではない。お客様の声を受け止め、現場の人が考え、得意な人の力を借りながら、少しずつ良くしていく。

 

地域に根づく店でありながら、会社の中にはいつも新しい動きがある。

桃太郎が四日市で長く愛されてきた理由は、味だけではない。

 

店頭に立つ人の温度、お客様の声を受け止める近さ、働く人たちが同じ方向を向こうとする空気。その積み重ねが、桃太郎をこの街の日常にしてきた。

 

 

おにぎりの桃太郎は、四日市の暮らしのそばにある。

 

朝に、昼に、帰り道に。

 

当たり前のようで、少しうれしい存在として。

その日常を支えているのは、目の前のお客様に向き合い続ける人たちの力であり、地域の声を受け止めながら変わり続けようとする会社の姿勢なのだ。

■ 取材先紹介

株式会社おにぎりの桃太郎は、三重県四日市市を拠点に、おにぎりやお弁当、お寿司などの製造・販売を展開されています。

創業以来、真心を込めた商品づくりを大切にされており、地域に根ざした企業として長年にわたり多くのお客様から支持を集められています。

株式会社おにぎりの桃太郎

https://onigiri-momotaro.jp/

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